それは、よく晴れた春の出来事だった。
カーテン越しの朝日が、瞼を刺激する。
春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、私も例に漏れず、布団の中で眠気と必死に格闘していた。
しかし、既に闘い始めてから5分が経過しているあたり、負けることは既に決定事項だ。情けない話ではあるが。ちなみに、目覚ましは30分ほど前に沈黙なさった。
まぁ、たまにはこんな日があってもいいだろう。どうせもうすぐゴールデンウィークだ。それがちょっとばかり早くなるだけ。
だから大丈夫なんだ、だいじょうぶなんだ……。
言い訳がいい感じに催眠効果をもたらし、そのまま眠りの淵へと……
Prrrrrrr!Prrrrrrr!
あと少し、というところで鳴り響く電子音。
未だにアナクロな目覚まし時計を使っている私の部屋で、こんな不愉快な音を立てるものはひとつしかない。
極力布団から身体を出さないようにして、憎き音源に手を伸ばす。
「はい、もしもし」
かけてくんなよ、という感情をなるべく出さないように……ちょっとは出てるけど、とりあえず携帯を手に取り、電話に出る。
「寝てたな」
声を聞いて、一気にベッドから跳ね起きた。
「いや、寝てませんよ?」
動揺しながらも、それを声に出さずに返事が出来た自分を褒めてあげたい。
「まー、寝てたら電話にも出れないからな。ときに、今が何時かわかっているかね?」
しかし、むこうも慣れたもので、私の言葉を聞き流しながしている。
ええ、わかっていますとも。あんたが何で電話をかけてきたのかも。
「今から10分で支度します、サー」
言葉と共に、ベッドから抜け出して着替え始める。こういうときオンフックは便利だ。
「それだと電車間に合わないんだけど?」
「大丈夫、私自転車で行くから」
「いや、理由になってないって。まさか電車より速く走れるわけないでしょ?」
「いいんだって、気分の問題よ」
それに、遅れるといっても朝練だ。ちょっとは大目に見てくれるだろう。……くれたらいいな。
よし、着替え終わり。ご飯は……当然ながら、諦めて。
「それじゃ、家出るから。あと、起こしてくれて一応ありがとう」
「一応が余計っていうか、やっぱり寝てたのね。早く来なさいよ」
電話を終え、携帯をポケットにしまう。
洗面台で顔を洗い、少々髪を整えて、これでおしまい。
家を出て、通学鞄をかごに、ドラムバックを肩にかけ、自転車にまたがる。
「それじゃ、行ってきます」
無人の家に呟き、勢いよく自転車を漕ぎ出す。
私、広瀬結衣の一日は、大体こうやって始まる。